大人になって鉛筆愛好家になった僕が語るえんぴつの魅力。削って短くなるごとに愛情と感謝が芽生える。

大人になって鉛筆愛好家になった僕が語るえんぴつの魅力。削って短くなるごとに愛情と感謝が芽生える。

大人になると、シャープペンやボールペンなどを使うことが多くなりますが、僕は手で物を書くときは「えんぴつ」を愛用しています。

そう、僕は鉛筆愛好家なのです。

大人になって改めてえんぴつを愛用する

とはいえ、僕は小学校の高学年頃から周りが鉛筆からシャープペンに持ち替え始め、なんとなく僕もそのながれでシャープペンシルに持ち替えました。

やはりシャーペンは鉛筆と違って、無くなるたびに削らなくていいし、カチカチとノックするだけで心が出てきて、常に削りたての鉛筆のような細い芯を保てることが魅力的でした。

なによりも、小学生的には子供っぽい鉛筆ではなく大人っぽいそのフォルムに憧れ、様々なデザインがあることが魅力的でしたからね。

そんなこんなで高校を卒業するまで、なんの疑いを持つこと無くシャーペンを使い続けたんですよ。

 

ふと20歳前後のときくらいに、ちょうど愛用のシャーペンを何処かに置き忘れ、ふとその辺にあった鉛筆で文字を書いていると妙に心地よさを覚えたんです。

きれいな字を書くことではなく、気持ちよく文字を書ける感触。

そのときは、言葉では表せませんでしたが、妙に鉛筆で文字を書くことに気持ちよさを感じた瞬間ではありました。

それから、その鉛筆をしばらく愛用し、無くなれば100円ショップで鉛筆を再び購入してそれを使うようになり、それ以来はシャーペンを握った記憶があまりありません。

目の前に鉛筆とシャーペンがあれば、間違いなく鉛筆を選ぶでしょう。

気がつけば、すっかりと鉛筆愛好家になっている自分がいました。

 

僕が思う鉛筆の魅力

なんでこんなにも鉛筆にはまり込んだのだろう。

そんなこんなで鉛筆の魅力について書かせていただこうと思います。

木という天然の素材

シャーペンに無くて、鉛筆ならではの魅力というのがやはり木という天然の素材を使って作られた筆記用具であることでしょう。

人は本来自然のものと共存してきたわけですし、木で作られたものを使うと妙にリラックスすることってありませんか?

きっと鉛筆も無機質なプラスチックやゴム素材ではなく「木で作られている」ということに親しみやすさを感じるんです。

シャーペンやボールペンでも、持ち手だけは木で作られたものも存在するかもしれませんが、ボディのすべてが木で出来ている鉛筆にナチュラルさでは叶いません。

そういった「木」という素材感を感じたいせいか、僕が鉛筆を購入する際は緑で塗装されたものよりも、なるべく木目の出ているナチュラルウッドのままの鉛筆を選ぶようにしています。

↓・・・木製のシャーペンもありますけどね(笑)

妙に手に馴染む太さと軽量さ

これも先程の木という素材に関することですが、やはり人は木で出来たものを使って生きてきたということもあり、妙に手に馴染むんです。

そして鉛筆というのは、大体が同じ握り心地であり、幼少期は大概鉛筆を使っていたこともあり、大人になってもその変わらぬ握り心地が手に馴染むのでしょう。

シャーペンやボールペンは様々な書き心地や握り心地のものが存在しますが、鉛筆に関してはどれを選んでも昔から変わらぬその握り心地と書き心地があるんです。

たとえ、トンボや三菱鉛筆が倒産しても、何も変わらないまま鉛筆という規格は存在し続けていくことでしょう。

あと、やはり木で出来ているというこの軽量な重さも好きです。

 

筆圧の強い僕は力強く殴り書きが出来る

僕は筆圧が強い方なのですが、思いっきり自由に何かを書こうとするとシャーペンでは絶対に芯が折れてしまいます(笑)

んで、さらにシャーペンは芯を折らさないように慎重に書かなくてはいけませんので、それが妙にストレスになっちゃうんですよね。

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特にきれいな字を意識して書こうとしているわけじゃないので、鉛筆に思いっきり思いを込めて強く言葉を書いてもその芯は折れることがありません。

むしろ潰れた芯が色濃く言葉を表してくれ、それが妙に気持ちよかったりするんです。

ぶっちゃけ、これが僕を鉛筆愛好家に変えた原因であるように思えます。

字を綺麗に書くためにあえて鉛筆を使うという方もいらっしゃると思いますが、僕の場合は鉛筆を使うことで「字をきれいに書かなきゃいけないという不自由」から解放され、思いっきり気持ちよく殴り書きをする人間になってしました。

 

自分で削ることに愛着を覚える

これも鉛筆の醍醐味である、鉛筆を削るということ。
人によってはえんぴつは削らなきゃいけないから嫌いという人もいれば、削るからこそ好きという人もいます。
もちろん僕は後者の方です。

やはりえんぴつをゴミ箱の上でカッターでギリッ、ギリッと削るごとに妙な愛着が生まれてくるんです。

鉛筆を削るというのは、鉛筆が筆記用具としてあり続けるために世話をすることで、ペットや車と同じような愛情に近いですね。

そして、削った鉛筆がさっきまでとは違う形になっているのもまた楽しい。

ちなみに僕は、鉛筆削りを使わず、あえて不器用にカッターを使って削っています。

鉛筆削りだと、毎回同じ形の同じ太さになってしまってつまらないので、カッターを使うことで毎回違う太さや見た目になってなんだか面白いんですよね。

 

短くなるごとに自分を褒めれる

当然、使っていくうちに何度も鉛筆を削ることになって、だんだんと鉛筆が短くなっていきますよね。
でも、それがまたいいんですよ♪

短くなった鉛筆を見て「ああ、こんなに俺は頑張ったんだな」とその鉛筆をここまで短くした軌跡を感じながら、自分自身を褒めることができます。

そしてそんなに短くなるまで自分に付き合ってくれた鉛筆に対して「ここまで頑張ってくれてありがとう」という感謝の気持ちや愛情が芽生えてくるんです。

これも鉛筆ならではの醍醐味でもありますし、もはや鉛筆が道具ではなくひとつの生き物のように感じてしまうかもしれません。

ちなみに、どこまで短くなるまで鉛筆を使うかというと、ある程度短くなったえんぴつは最後まで使われることなく、いつの間にかどこかに姿を消してしまいます^^;

大人になった今こそ、たまには鉛筆を使ってみてはいかがでしょうか

今では100円ショップに行けば、12本入りで100円で売っていて、1本10円以下で買える筆記用具です。

そんなこんなで鉛筆の魅力について僕なりに書かせていただきましたが、あなたも大人になった今だからこそ鉛筆を使ってみてはいかがでしょうか?
とくに受験生の皆さん。

受験生の方であれば、鉛筆を使って「絶対に合格してやる」という思いを込めて勉強してみてはどうだろう。

そして、短くなっていく鉛筆を握りながら「こんなに短くなるまで自分は頑張っているんだ」と短くなった鉛筆を見ながら自分を褒め称えてみてはいかがでしょうか。

ABOUTこの記事をかいた人

富山に住んでる30代の個人自営業者。 日々インプットしたことを、自分がしっかり覚えるためと誰かの役に立てるようにこのブログでアウトプットしていきます♪ ついでに富山のグルメや観光情報などもPRしていきます。